東京高等裁判所 昭和27年(う)1911号 判決
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(判旨)
一、二〇勅令第五四二号は占領終了と共に当然失効したものでなく昭和二七年法律第八一号により平和条約発効の日から廃止の効力を発生すると定められた結果同年四月二八日に廃止となつたものであり、政令第三二五号は母法たる勅令第五四二号の廃止に伴い当然失効に帰したものではなく昭和二七年法律第一三七号によつてはじめて廃止となつたものであつて、尚占領中に犯された政令第三二五号違反罪についてはその経過規定に示されている如く「從前の例による」べきものであると解するを相当とする。蓋し政令第三二五号は勅令第五四二号の授権に基き委任命令として成立したのであるが、成立と同時に独自の存在理由を具えた法令となつたものでその消長については母法と運命を共にするものとは解し得ないのである。又その制定動機は連合国最高司令官の要求によつたには相違ないが一旦適法の委任命令として成立し憲法下における法令体系に入つた以上法律上は他の通常の手続により制定された法令と同視すべきもので占領が終了したという一事によつて当然失効するものとはいはれない。ただ同令は占領目的阻害の行為を罰するものであるという前提からいつても占領終了後は事実上働く余地がなくなるに過ぎず、単に占領中に行われた違反行為の処罰の為に存続するものと考えらるべきであり、前記法律第八一号が占領後に向け法律となつた政令の内容を延長する旨規定したのは現実においては斯る限度においての効力を延長したものとみるべきであり、然るときは右法律の措置が強ち無意義でもなければ同年法律第一三七号が右政令を廃止し、但し從前の行為に対する処罰の關係においては政令の効力は法律として存続さるべく廃止はされない旨宣言したのは前述の趣旨を明確にした意義があるものといへるのである。
二、連合国最高司令官の指令、その解釈とかは政令第三二五号に關してはその発出の時からその第一条中に犯置構成要件として化体するに至つたものと見做すべきであり、指令そのものは占領の終了と共に働き得なくなつたとしても、占領中犯された違反行為の処罰の根拠をなすという意味に於ては右政令が廃止されるまではその一部として有効に存在するのであり、これを占領終了の瞬間から政令第一条の規定中から指令に該当する部分が自然に消滅してしまうという風には考えられない。即ち政令の一部分につき刑の廃止があつたという趣旨は理由がない。
三、超憲法的内容をもつたポツダム命令は平和条約発効後においては尠くとも憲法に副はない限度に於て無効とされなければならぬのであつて、占領期間中は最高司令官の権限により有効性と実効性を担保されていた法令も占領終了後はその担保が失われることになるといわざるを得ない。故に平和条約発効後に於てはポツダム命令の適用をするに当つては通常の法令と等しく違憲の審査をなさねばならず違憲のポツダム命令の適用は固より拒まねばならない。―所謂憲法に於て保障された言論出版の自由といつても固より絶対無制限のものではなく、政治的言論と雖も例外ではない。凡そ自由権は公共の福祉のため利用せらるべく濫用は勿論禁止されている。……(中略)……結局本件に於ては右指令に於て禁止された内容を有する刊行物である「平和のこえ」の頒布の行為を以て発行行為をしたという被告人の行為に対する処罰を論ずる限度に於ては尠くとも本件指令と日本国憲法の規定する自由権の保障との間には牴触はないと認められる、よつて被告人の所為は政令第三二五号に違反したものと断じ之を処罰した原判決は相当であり何ら憲法第二一条に違反した点はない。
(説明)
いわゆるポツダム政令(勅令)の性格、憲法との關係等が從来から問題とされていたのであるが、平和条約の発効と共に從前の行為に対する処罰の問題ともからんで更に一層論議され下級審の判例も結論を異にするものを生ずるに至つたことは周知のとおりであり、これ又最高裁判所の早急な判例の出現が期待されるものの一つである。当庁としては既に裁判所時報第一一一号及び第一一二号掲載の第五刑事部判決(二七・七・一五言渡昭和二一年勅令第三一一號違反被告事件及び二七・七・一七言渡昭和二五年政令第三二五號違反被告事件)があり、本判決とその結論は同一に帰しているがその立論において多少趣きを異にしている。この他大体第五刑事部と同一趣旨のものに二七・九・四第一刑事部判決(昭和二七年(う)第一、〇四六號昭和二四年政令第三八九號違反被告事件)が存する。なお現在迄にこの問題に關し以上の見解と相反するものは現われていない。